過去記事まとめです。
BRM1014熊本600kmいつもよりフラットに参加する(1)〜2019年、山形県〜
当時、私は200kmを辛うじて走りきって、
その反省からGPSサイコン、
自作サドルバッグを準備しておりました。
ある日、ある方からX(Twitter)のDM
(ダイレクトメッセージ)が届きました。
当時、山形県ではかなり大きなグループ
「山形激坂緩走会(山形激坂会)」
というのがあり、その中でもブルベをされる
有名な方からお声が掛かったという事もあり、
かなり嬉しく、舞い上がっておりました。
話というのは、サドルバッグを譲って下さる、
というものでした。
さすがにタダというわけにはいかない、
適価で購入したい、せめて何かお礼が
したいと返信して、会うことにしました。
実際お会いして話を聞くと、事情があって
しばらくブルベを休む、今の自転車には
そのサドルバッグは合わないから、
断捨離も兼ねて引き取ってもらえないか、
との事でした。
私にとっては当時、二度目のブルベを
控えていた身。嬉しい話なのは間違い
なかったのですが、さすがに申し訳なく思い、
用意してきたお金を渡そうとしてました。
しかしそれは、受け取って下さらなかった
のです。
しばらくのやり取りの後、ありがたく頂く
事になりました。
頂いたのは
オルトリーブのサドルバッグL(下)と、
モンベルのフロントバッグ(上)、
テールライトのOMNI3 Auto(右上)でした。
当時ブルベをやってて知らない人は
居ないんじゃないかという位、
定番中の定番となる重要な装備でした。
なんて心の広いお方なんだ…
でも何で会ったこともない私なんかに
声を掛けて下さったのだろう、
と思っていました。
こんな私でお返し出来ることって
何だろう…?
って考えていました。
やっぱりこの装備でブルベを走り、
報告する事なのかな、って思いました。
それ以降、ブルベを走るときにはいつも、
このオルトリーブ サドルバッグLと、
OMNI3 Autoが旅のお供になりました。
モンベルのフロントバッグは後に、
というのを記事にしました。
腸脛靭帯炎で苦しんだBRM421 石川夏井200km
でも、
雨と補給失敗に苦しみ、泣きながら坂を
登ったBRM507宇城300kmでも、
UJさんのグループに入れてもらい、初めて
楽しみながら走ることを覚えた
BRM611福津300kmでも、私の自転車には、
いつもオルトリーブとOMNI3 Autoが
付いていました。
そして走り終わったら、いつも真っ先に
その方に完走報告をしておりました。
私の完走報告を聞くといつも喜んで下さり、
そして一つ上の距離への挑戦を促しても
来るという、厳しい面もありました。
でもそれは、私がもっと上に行けるという
期待をして下さっている証でもありました。
その時、その方がブルベを走れない今、
これらの装備を私に譲ったのではなく、
「私に託した」のではないかと思いました。
当時200kmそこそこしか走れていなかった
私でしたが、それに応えたい、そしていつかは
SRを取って報告したいという思いになりました。
真面目に筋トレを始めたり、走り込みを始めた
のも、この前後だったと思います。
だからこそ、ブルベを始めて5年目の2023年、
ようやく繋いだSRへのチャンス、
もしかしたらこの先、様々な理由が出来て、
回ってこないかもしれないこのチャンスを
逃したくなかったのです。
頂いた装備がお守りになっていて、
私の心が折れないよう支えになっていて、
そしてSRに向かって、完走させるモチベーション
にもプレッシャーにもなっているのだと
思いました。
・・・・
・・・
・・
・
まだ時間に余裕はある。
そして補給も出来た。
あとは事故と、故障に注意しながら
絶対に走り終える。と固く誓い、
走り始めました。
ここへ来て、偶然にもサドルのある位置に
座ると、痛みが出てこないポジションが
見つかるという幸運が起きたため、
ダンシングの回数が格段に減りました。
最後のPC-5 おべんとうのヒライ 岱明町高道店
は574.5km地点で、実は前のコンビニから30kmも
離れていなかったのですが、大牟田の渋滞と
長州港からの501号線の車の多さで神経を使い、
かなり遠く感じました。
ここでは最初に一緒に走った女性の方と再会し、
しばし話せたおかげでだいぶ元気が出ました。
食欲は完全に戻ってはいませんでしたが、
それでも買った弁当の2/3は食べることが出来
ました。
あとは最後の登り、田原坂。
確かに勾配はきつかったのですが、
頭の中はそれよりも残りの距離と事故、
故障の不安があり、それを振り切るように
ペダルを回しました。
右足をペダルのクリートにキャッチ。
左足をペダルのクリートにキャッチ。
ペダルを踏み込み、ギアを上げていく。
信号が近づくと、ギアを落としていく。
止まる直前に左足をクリートから外す。
右足をクリートから外す。
…この作業を何百回、何千回繰り返した
事でしょう。
同じ作業を繰り返し、繰り返し、
絶対に順番を入れ替えることなく
繰り返しました。
きつくても、眠くても、泣きたくなっても。
最後は道に迷いつつも、
ゴールである弓削公民館に
ようやく、ようやく到着しました。
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